洪水「ディリューヴィアルメア」

もうどうにでもなぁれ

東方小説投稿サイト「東方創想話」 作品集237 概略

一つの作品集が始まって終わるまでの間に、夏が終わって秋も終わって冬の寒波も忍び寄る季節へと気付かぬ内に変容していました。こんなクッソ忙しい時期に作品集終わらなくても良いのに、と思いながらも自分で決めた事なのでとこうして筆を執っています。
あと、秋季例大祭紅楼夢でスペースに訪れてくださった方や通販にてお手に取ってくださった方、本当にありがとうございました。内容はただの絵の再掲集ではありましたが、こうして8割方捌けてついでに色紙も完売してくれた事大変嬉しく思います。
次は春季例大祭ですね。色紙はもう少し多めに書くべきだなと毎回思わされている気がします、次はどうなることやら。

 

そんなこんなで毎度毎度飽きもせずに東方創想話という東方小説の投稿サイトの、その237個目の作品集についての概略記事となります。
遂に概略という体裁さえも忘れてピックアップ作品前後編みたいな書き方をしようかと悩む頃合まで至ってしまいかけましたが、まあなんやかんやいつも通りお付き合い下さい。

 

東方創想話 作品集237(2021 08/23-12/13)

 

概略
・初投稿の方は16名、そのまま次の作品集でも投稿してくださる方が多いと好ましいのですが
・作品集が埋まった時点での2000点超えは3作品、点数幅の伸び悩んでいる中でのこれは良い雰囲気
・埋没まで4ヶ月弱、どんどん最長記録を更新していっているような

 

ピックアップ作品紹介(作者名敬称略)

  • 泥に沈む太陽 作者:真坂野まさか サイズ:59.4kb

布都が古い琴を見付けてからの、過去と今の交錯に当惑する物語。


直近に長々と感想欄にブチ込んだ身ですのでそことは別の切り口でこの物語について語りますと、自分は元より霊廟組がめちゃんこ好きなので、青娥を除いて解釈違いは殆んど発生させないように努めているのですが、その上で霊廟組のキャラクターを定義する際に、神子というキャラクターは冷徹な為政者然り情愛に満ちた道士然りと対極に位置する属性を付与する事が可能だと考えています。
この作品においての神子は過去譚の最中においては後者のように見せながらも、終盤の種明かしの流れでは前者であると開示されるという、非常に特徴的なキャラ付けが成されていました。
要するにメインに据えられた布都の視点を通しては後者にしか見えない一方で、青娥のような近しい存在を通せば前者寄りの側面が浮かび上がってくるのです。こういう一粒で二度美味しいタイプの作品めっちゃ好きなんですよね。
それでいて布都と屠自古の関係性の描き方たるや凄まじく。本文中でも語られている通り、その関係性を明確に言い切れる答えが存在しない、それが全てという。本当に好き。
にしてもこういう幻想郷縁起の内容があくまでも当事者視点からは捏造の効き得る、謂わば信頼できない語り手によって記述されているという点からこのような作品がお出しされると顔が綻んでしまいます。

 

  • 思い出は水深5cmに 作者:めそふ サイズ:19.2kb

晩夏の霊夢魔理沙回顧録


夏のエピソードを複数個並び立てて一つの物語としている中で、カブトムシというアイテムを差し込んで全体に軸を持たせていたのがとても良い作品でした。
この夏が終わっては生きていけない虫を夏の終わりと重ね合わせて霊夢魔理沙、果ては読者側の感情までもを揺さぶらせるかのような構成になっていたのがとても夏の終わりらしかったのです。
終盤の夕立から夕暮れへと続くシーンでその光景の麗しさを地の文で強調させながら、霊夢の夏への郷愁を吐露させて空気感がじめじめしないように爽快感を伴って演出されていたのも良かったですね。
他の西瓜や素麺や花火のエピソードも、夏がどんどん終わりへと向かっていくその一部分を切り取ったかのような寂しさと美しさを霊夢魔理沙の少女チックな感性から上手く表現されており、カブトムシのみの作品でなく楽しめました。

 

  • 春歌蒐集 作者:こだい サイズ:9.8kb

あうんのなんでもない、独りのちょっとした一日の話。


背伸びをするかのように反復させては途中で途切れるお決まりのセリフと、それを境界線にして場面転換を行う物語の進め方が特徴的で、あうんの行動がより可愛らしく見えるのが実に良いもの。
雰囲気主体の作品でそこまでストーリーが存在しているわけでは無いのですが、場面に応じて時間経過や思考の推移といった差異を上手く盛り込んで書かれており、あうんの視点を借りてのんびりと人里を歩き回り足を止めるかのような感覚を丁寧に作り上げていた点には息を呑まされました。特に最後の夕暮れの描写が凄く好き。
加えて地の文と一体化して描き出される心情描写もとても素敵な書きっぷりで、読んでいて春の陽気のようなほんのり温かい気分にさせられるものでした。

 

  • 駆狼 作者:きさ サイズ:186.3kb

椛と文がそれぞれ過去と折り合いを付ける為の儀式。


言うならば姆髄という怪物の襲来を軸にして、その上で過去に遭遇したそれぞれの事情と今を照らし合わせて一刀両断するまでの一大スペクタクルなのですが、文と椛それぞれの練り上げられた過去譚の質量がとりわけ凄まじいのです。過去に味わった無念やトラウマ、それらを現在の時間軸で全て解決してやるぞと息巻かんばかりのカタルシスの作り込み方には、三桁もかくやという本文量の中でも読み飽きる事無く手に汗握って読み進められたもの。
更には刀に纏わる思いの数々、姆髄の性質と絡めに絡めて進行する展開、ストーリーに交差する文と椛それぞれの互いへの感情の折り合い、と色々な方向性から彩られ読み応えに過不足無い物語として仕上がっていたのでしょう。
そして戦闘描写の濃さもやはり読んでいて楽しかった部分の一つで、剣閃に意思の奔流にスピード感に王道展開にと、氏の書かれる戦闘シーンにはいつも沸き立たされますね。
虹龍洞が頒布され天狗の面々が更に濃くなった中で、こうして飯綱丸が上司然と出ている長編が読めたのも実に良いものでした。文と椛の関係性を横からではなく上から窘める立ち位置は本当に美味しい。

 

  • 手紙魔フラン 作者:カニパンを飾る サイズ:50.7kb

フランドールが沢山の相手に手紙を書くようになって、それから。


分裂したフランドールの可能性世界を並列に進行させるアイデアそのものが特異的かつ素晴らしいのですが、その上であくまでもそれが物語の起点でしかないというのが強烈でした。
これは分裂して残った最後の一人であるフランドールが魔理沙と生活し、その過程で手紙魔となる為の要素をまず描ききり、そこまでで蓄積したフランドールの機微を魔理沙が死んだタイミングで奔流を為させ、初めて『手紙魔フラン』を完成させるのです。
フランドールの元を初めて訪れたフランドールの置き手紙、魔法と手紙の類似性を説かれて生み出された魔理沙への感謝、その二つだけを伴って魔理沙の家を後にするシーン。
分量で言えば終盤に差し掛かる頃合の場面ではあるのですが、ここを以て漸く分裂して残った最後の一人であったフランドールが目的意識を持って自立するのを読者視点では笑顔で見送れるのです。
畳み掛けては押し寄せるかのような描写量や、フランドールが見ている他の自身の光景を入り乱れさせて書かれた地の文の爽快感も含めて、やや漠然としつつも爽快感のある物語に仕上がっていたのが素敵でもありました。

 

  • 老賢神に幕は降り 作者:イワヒバ サイズ:28.3kb

外の世界で神奈子が感じた不甲斐無さと、それを露知らず変化し行く諏訪の光景。


この物語は神奈子の存亡への畏れ及び力を喪った強大な存在の悲哀をひたすらに感じさせ、それは自分視点においては東方創想話に投稿した過去作2つを想起させるに十分な物でした。その上で、美麗な言葉選びや一貫した文脈の強さがこの作品にはとても強く結び付いており、全ての要素が絡み合って強烈な読み応えを放っていたのです。自分はこの作品を読んで、ただただ『負けた』と思いました。
幕は降りというタイトルを踏まえて、物語の最後で幕は決して降りないのだと読者に暗に主張している様も見事と言わざる他無く。
後、この物語はキャラクターだけに留まらず諏訪を構成する全てに対してとても愛に溢れた作品だったと思います。自分は諏訪に数度しか訪れた事が無いので、具体的にどの描写がどこから見た光景なのかを把握する事は叶わないのですが、それでもその光景は諏訪のどこかにあると読者に信じたくさせる、そんな魅力を纏っていたように感じられたのです。
個人的な思い入れを加味した言い方になってしまいますが、自分は当作品集のポイントに依らない潜在的な一位がこの作品だと強く主張したくも。

 

  • ルーミアと哲学的な蟹 作者:転箸笑 サイズ:36.8kb

変なカニルーミアの食事探訪の物語。


この物語はカニが食事に対し初めて感慨深そうにしているシーンを読んだ際に、このカニを最後に食べて終わるのだろうという半ば確信めいたものを抱かせ、実際その通りになる諸行無常さを孕んでいたといったも過言ではありません。
事実、カニには元より『いただきますもごちそうさまもなかった。』のです。そしてそのまま、初めからそうであったようにカニは死に、ずっと一緒に行動していたルーミアの肚に入る。それが物語の流れとしてとにかく淡白で流麗で素敵でした。
キャラクターとしてのカニそのものも、どこか掴み所の無い不思議な雰囲気を纏わせつつも、食事を通じて俗に染まっていく為の下味としては丁度良い塩梅だったのかもとも思います。
加えて具に挟まれる食事シーンも邪魔にならない程良い分量で美味しそうに魅せており、食にまつわる物語を彩るピースの一つとして上手く合致していたものでもありましたね。

 

  • 十二年目の結界暴き 作者:T サイズ:90.1kb

科学世紀の住人視点から見た蓮子の快進撃と、そのアフターケアの話。


秘封倶楽部とSFの相性が良いというのは周知の事実かと思われますが、にしてもこの作品は現実の物理学の知識を下地に置いた上で展開される科学世紀の物理学らしさの濃厚さが計り知れないものでした。
登場人物の一挙一動や会話上に出てくる物理法則の存在、それら全てを理解する事は当然畑違いの自分ではままならない事ではあったのですが、設定と展開と文脈の上手さによって全容を理解し得ずとも、雰囲気だけでそれらしきものが読者視点でもある程度までは把握出来るように描かれていたお陰で画面に食い込むが如し勢いで読めてしまった程。
そしてそのSFチックに話を進行させつつも、半オリジナルキャラクターを出して夢と現の対立と和解までを展開の隆盛に持ってきていた様には感服さえも覚えたものです。
どうしても科学世紀が舞台の作品は秘封倶楽部主体になり易く、かつそれ以外を主体に置くならどうしてもその意味が必要となるものですが、この作品には確かに蓮子とメリー以外の視点によって科学世紀を克明に描き出された意味が存在しており、逆にそうでなければ描けない物であったのだな、とも。

 

  • アンバー 作者:ニッケルメッキ サイズ:16.6kb

居酒屋に連れてこられた紫苑と、その周囲の乱痴気騒ぎの話。


作中の紫苑は女苑から専らぞんざいな扱いを受けており、かつ居酒屋の空気にも馴染めず蚊帳の外に居るかのような描写がされていますが、それによって一貫した比喩表現により意味を持たせたり、女苑が紫苑に向ける本心を強調したりといった事が成されていて、作品全体に相乗効果を持たせているようでした。
かつ一連の出来事の最中においても尚紫苑はただ居酒屋に居るのみで、作中で何が起こったのかを半分理解出来ているのかも怪しく、結局それらは読者のみに伝わっている情報としてお出しされているのです。
この紫苑視点で敢えて語らせ過ぎずに作品構造に徹した書き方の強さ及び情報の小出しのやり方の上手さが、この作品の魅力を十二分に醸し出していたのでしょう。それって狙って書いても意外にも中々上手く行かないんですよね。ただただ凄い。

 

星と対面した女苑が本能と本質と対峙するまで。


この作品は女苑が個性豊かな命蓮寺勢と話を深める中で自らの根幹を模索する物語で、自分はそんな中でもやはり毅然とした態度で居るのみだった星がとりわけ良い味を出していたと思っています。
一輪や響子や村紗のような自分の中で折り合いを付けられている命蓮寺の妖怪達とは違って、それこそ女苑というキャラは精神的に若く、まるで思春期真っ只中かのように全方向に噛み付かんとするムーブで描かれている。だからこそ星の敢えて悪役を買って出つつも親身に寄り添い女苑を諭そうとする様が、女苑視点の物語中では嫌味に映りつつも読者の視点からすればその一貫した姿勢に神々しささえも覚えたものですね。
だからこそ昔話をし始めてから自身の経験した苦悩を述懐していったシーンによって女苑側にも星への親近感を見出させていたのが、物語の一旦の解決としてちゃんと感情的な質量を持っていたのでしょう。
物語で象徴的に扱われたタイガーアイの小道具的な使い方も良く、サイズ数を気取らせない軽い読み心地を生み出していたという点にもまた物語の作り方の上手さを感じてしまいます。

 


先述もしました通り今作品集も珠玉の作品ばかりで、自分の選り好みや紹介の十作品縛りによって他の作品集であれば文句無しに紹介できていたような作品について語れなかった事が大変心苦しく…。
未紹介作品の列挙にさえも選考を重ねなければならないような有様になりかねないレベルですので、『いやこの作品も紹介するべきだろ』みたいな意見がありましたら是非そちらでもこういった記事を書いて戴ければこちらとしても大変大喜びといった感じです。
普作品集内でポイントが高い順に上からローラーしていけば未紹介の面白い作品をバンバン読み進められるかと思いますので、興味のある方はそういった事も是非…。

 

後は完全な私信ですが、先日の秋例大祭の新刊をBoothで取り扱い始めましたので、そちらも興味がございましたら是非覗いてみてください。
そそわでなんかやっている人間のイラスト集というよくわからない物のごった煮のような本ですが、どうぞよしなに…。